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吉田就彦のヒット学

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この金曜日、土曜日と連荘で「木暮人倶楽部」の専門分科会に参加した。

金曜日は、商品企画部会。
部会長のS氏の下北沢の事務所で行ったが、たくさんの多種多様な人が集まった。

これまでに、会員の皆さんから頂いたアイデアをS部会長が整理して、方向性を議論した第1部。

たくさんのアイデアの中から何を優先的にやるかは結論しなかったが、やはり木とともに暮らすという消費者へのメッセージを伝える手段としての商品を優先的に考えようというトーンに。

第2部は、この日のメインテーマであった木の積み木の話。NPO法人緑のダム北相模のメンバーやアンコールワットの研究者の上智大のA先生、12月3日のイベントでお世話になった五重塔の構造研究者東大のF先生、それにデジハリ大学院の森林・林業研究部会メンバーらが報告した。

木の積み木は、様々な木の団体が間伐材利用のためにトライをしているものの、残念ながらうまくいっているケースは少ない。

そんな状況の中で究極の積み木を作ることをこの部会では検討しようということで集まったものだ。さまざまなアプローチが報告され、次回は東大で行うことになった。

そして、昨日土曜日は「板倉建築と健康ないい家部会」の準備会。
たくさんの工務店や大工さん、設計士が集まり、板倉建築をテーマに木造建築を普及するための検討会として部会の準備会が開かれた。

部会長のNさんを中心に板倉建築の説明があり、議論となった。

やはり、素晴らしい木の工法であるものの、その特徴をうまく伝えるための切り方や広がりが必要との話が多く出て、今後の検討材料とした。

終了後は、また懇親会で盛り上がった。
今年も様々な活動が行われる。

本日夜、鳥取県智頭町のPRイベント「疎開保険&森林セラピー―みどりの風が吹く疎開の町・鳥取県智頭町へ」に参加した。

昨年鳥取県庁に呼ばれて講演に行った際、木暮人倶楽部の事があり、県の林業行政の皆さんに、とにかく森の人、木の人、林業の人、木工の人を紹介してほしいと依頼して、ならば智頭町だと、講演の翌日に視察に連れて行っていただいた縁で案内いただいたイベントだ。

智頭町では、木工制作を行っている(株)サカモトを訪れ、女性社長の坂本さんから取り組みの話をいっぱい聞いた。智頭の杉は本当に素晴らしかった。

また、凄い木造住宅の「石谷家」。ともかくその豪華さにびっくりする大豪商の家。こんな山の中になんでと思うような贅沢さで驚いたものだ。

そんな縁で参加した本日のイベントは、智頭町が加盟している「日本で最も美しい村」連合の虎の門の東京事務所で行われた。本日のメインテーマは先日私が日経ビジネスオンラインにも書いた「疎開保険」。加入者の方も多く参加されていた。

寺谷町長のトークに始まり、智頭町のPRプレゼン&VTR、そして、智頭町産の食材を中心とした軽食などによる立食パーティーで、最後にはビンゴ大会。

ともかく寺谷町長のパワーは凄い。なんでもいつまでもしゃべっているという噂で、長いときは3時間を超えるということだった。本日は控えめだったようだが。

実際にお会いして話すと、そのお人柄から醸し出される優しいメッセージが、ついつい人を引き付ける魅力をお持ちの方で、そんな方が旗振る「疎開保険」や「森林セラピー」、「森のようちえん」等の試みは、まさに人のつながりの上でないと成立しない施策だ。しかもそれが行政の施策である。まさに血が通う行政を見た。

これからの日本の未来にもっとも重要な「人」というコネクション・キーワードを生き生きと町の職員の方が拡大させていく智頭町。

本日の私のごあいさつでも申し上げたが、ともかくみんなが動いている感じがする、人が生き生きと動いている感じがある。

これからの日本を考えるとき、人が動くこと、それも生き生きと動くことがもっとも地方に必要なことだ。考え込んで頭を抱えるだけではなにも進まない。ためらってはいけない。ともかく動くこと、やってみること、それが例え小さな一歩でも、その一歩が次の一歩を生み出す。なにも地方に限ったことではない。日本全体に言えることだ。

寺谷町長の明るさが、それに加わることで、またなにかが動く。そんなGOODループの芽が智頭町にはある。

ビンゴの商品で、智頭米「源流育ち」をいただいた。

会場でもうまい米をおにぎりと卵かけごはんでいただいた。そんなうまい食事も、おそらく「人」の動きのGOODループの中で、さらに様々な「人」の手がかかりうまくなったのだと思う。

どうも、ごちそうさまでした。

頑張れ!智頭町

昨日の東京の大雪で、本日は一面の銀世界。

特に東京の田舎の我が家では周りの木々に雪の塊がのっかって、まるで雪の花が咲いたようだ。時々日の光に溶けたその雪が落ちて、それすらもまるで、花が散るように感じる。もっともその落ち方は素早く、しかも少々びっくりもする。

そんな大雪の景色の中、朝から先日のライブにいった木暮シャケ武彦君のCDを大きめの音で聴いた。もう最高である。

ギターの音が陽光のきらめきの中で拡散する。素晴らしいマッチングだ。名手にかかるとあんな小さな楽器が大きく聴こえ、陽光にきらめく雪景色にシャケの音楽は素晴らしい調和となる。

まさに、このCDのタイトルのように「水と光の魔法」だ。

http://www.psychodelicious.com/

雪により、これまでの乾燥していた台地は潤い、空気は清み、湿気がいっぱいのすがすがしさを感じる景色。水の豊かさ、素晴らしさを実感する。

大雪一過のあと、十分に晴れた冬の陽光のありがたさ、温かさ。その光が反射されて、まさにキラキラと輝く銀世界。

ライブの時に買ったクリスタルガラスにも陽光が直射して、部屋の中や空間にきれいな宝石を発散する。

まさに「水と光の魔法」だ。

こんな国分寺の1日を想像してシャケが作った音楽ではないだろうが、半分都会のこの町にもしっかりこの音楽は心地よさを演出してくれる。音楽の力は偉大だ。

シャケと共通の音楽業界の友人が、シャケの事を称して「彼は哲学者」と言っていた。もちろん言葉をうまく操る哲学者ではなく、音楽が哲学を語るという事でだが。本質を焦点化する彼の音楽を象徴している。

そんな心地よい冬の1日のスタートを十分に楽しんだ朝だった。

昨日、天竜に行って250年の檜の木を手斧で伐採するという昔ながらの木の伐採神事に立ち会った。

今度、一般消費者や建築関係者、そして林業関係者などと議論し、日本の伝統である木と共にある文化を今に取り戻そうという仮称「生きた木を活かす協議会」なる森林や林業のことを考える協議会のたち上げでも御一緒する南木曽木材産業の柴原代表にお招きいただいた。

新幹線で浜松まで、そして、遠州鉄道に乗って終点西鹿島まで。いつもの天竜TSドライシステムに向かう工程。それから車に乗って、今回の伐採のために、山の神に感謝する神事を秋葉神社で行った。

秋葉神社は、正一位という非常に位の高い神社で、火の神様であるという。昨日は土曜日でもあったが、参拝客が山のようにいた。

お祓いの儀式の後に宮司さんから受けた話が、木と山の神のこと。山には神が宿っていると考えた我々日本の文化と、森には魔物がいると考えた西洋の考え方の違いを伺った。

さらには、山の木を伐るということは、その山の神が宿っている木を大事に、その木の命を家や家具など人間の周りに有り難く置かせていただくという事だという。まさに、生きた木の根本だ。神社に残る日本人と木の関係、山の関係の究極の姿と言える。

この秋葉神社の歴史は、その展示館の展示物に表れている。これまで神社に奉納された宝物の数々。鎌倉時代の刀、南北朝時代の刀、広重の浮世絵まである。さまざまな日本の歴史・文化にやはり神社は大きくかかわっているのだ。

参拝を済ませて、食事後いよいよ伐採現場へ。そこでもまた、神事が執り行われて山の神に木を与えてもらう感謝を行う。

そして、森へ。

滝の流れる沢沿いに15分ほど入っていくと、平らなところに出て、しめ縄の張ってある巨木に出会った。神々しいまっすぐに天にぬけていく檜の雄姿だ。しめ縄を張っているからいっそう尊く見える。

10名弱の伐り手が手斧で、4か所を同時にカンカンと音を立てながら伐り進んでいく。飛んでくる木の破片。あたりには檜の良い香り。そして、カンカンとあたりを支配して山に響く斧の音。

100名ほどの見物客が見守る中、段々日は陰り、夕暮れどきになり、そして夜になった。

予定より少し長く時間がたった3時間後、伐り進んだ穴が互いに貫通して、いよいよ最後の仕上げだ。チェーンソーが入れられ、巨大な檜の樹木の生命を断つ。

昨日は新月の2日前。あたりは新月の闇に近い。

その闇の中にそびえる巨大な檜の王が、木こりの山の神への感謝の叫びとともに、闇の空気を切り裂いて倒れる。空気を切り裂く音、そして、ズシーンと大地を震わせる着地音。

見学者の深いうなりと、少し経ってから自然とわき起こる拍手の音。山の神への敬虔な思いも重なる。

私も人生で初めての体験。静かな、しかし、厳粛な感動。感謝という言葉が浮かぶ。

柴原さん、榊原さん、どうもお疲れ様でした。
ありがとうございました。

昨日、あるイベントで西岡常一棟梁の唯一の内弟子小川三夫棟梁に会った。

西岡棟梁は、最後の法隆寺棟梁として有名な宮大工。残念ながら95年に亡くなって久しいが、棟梁の残された書籍は、作家塩野米松さんの聞き書きにより多数出版されており、私も何冊も読み、いちいち感じ入っていた方だ。

小川棟梁は、その書籍の中にも多数登場する、西岡棟梁唯一の内弟子として有名で、さらには食える宮大工を目指して鵤工舎を立ち上げて、全国の堂塔、仏閣を建立している。現在では、講演等さまざまな活動でお忙しい方である。

昨日は、竹中大工道具館開館25周年記念巡回展の「棟梁」の記念イベントが行われ、そこに参加し、参加後小川棟梁にお会いした。

イベントでは、「西岡常一棟梁が残したもの」ということで、小川棟梁のほかに、建部清哲棟梁、菊池恭二棟梁と実際に西岡棟梁と仕事をともにした棟梁たちが集まり、西岡棟梁のことを盛んに話して頂いた。

冒頭、小川棟梁が立ち上がり質問に答えるなど、200人以上の観客に対してサービス精神を発揮、笑いと和やかな雰囲気でイベントは進行。3人の方の棟梁としての思いを、地に足がついた言葉として受け取った。

そこには西岡棟梁の思いが満ちていて、間接的に西岡棟梁に触れた思いも。

会の後に、例の「新月伐採木」の件で、小川棟梁に伺ったところ、薬師寺や他の文化財修復では特に新月の木は意識していなかったとの弁。

昔から、闇夜伐りの木はいいことはわかってはいるが、大量の木を調達しなければならない堂塔建築では、そこまでなかなか手が回らないというようなニュアンスだった。伐採時期が限られてしまうと調達できないということだ。

小川棟梁は、特に木については多くを語っていないので、そのような弁だったのかもしれないが、やはり、昔から「木六竹八」とともに闇夜伐りはあったわけだ。

さらに、我々の西岡棟梁の旅は続くことになりそうだ。

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吉田就彦

Authour:
株式会社ヒットコンテンツ研究所
代表取締役 吉田就彦

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