昔、音楽業界にいたものとして、ちょっとショッキングなニュースがあった。あのHMV渋谷店が8月に閉鎖するという。
HMVは一時期、タワーレコード(これもアメリカではクローズし、日本でも苦戦が続いているらしい)と並んで、外資系のレコードチェーンとして一世を馳せた。
特にHMVは、元祖渋谷系の発祥地で、おしゃれな外国曲のような英語で歌った日本人のアーティストやフリッパーズ・ギターなどの、メジャー・アーティストも多数時代の寵児として輩出した。
それらの原動力となっていたのが外資系のレコードショップだった。
その特徴は、店頭ライブに象徴されるように情報の発信力。新しくてかっこいい音楽を常に提案して、それを生でも見せてアピールする力だ。ある意味では、音楽フリークのコミュニティ形成を担っていた。
しかし、やはりCDの売れない時代には勝てず、その情報発信力はネットなどのインフラに移った。
一方では、そんなデジタルコミュニケーション時代の音楽を反映した音楽の力のキープ力も下がってしまっていたのかもしれない。消費型の音楽がここ20年ぐらい続いて、その影響か、音楽に力がなくなってしまったと感じる人たちも多い。
音楽にイベント性が無くなったという人もいる。つまり時代性を持つ面白さが感じられなくなってしまったということでもある。
そのことに残念さを感じるとともに、原因を探ると、若者の感性の薄さを感じてしまう。反応型の消費行動や受動的行動、若さの勢いの替わりに未来への不安。管理された時間に追われる日常。
音楽は若者がその流行を作るとすると、その受け手側の感性に頼りなさを感じてしまう。もちろん、彼らのせいだと言っているわけではないが、音楽という芸術の豊かさをたっぷり、心で受ける感性、またその余裕が希薄化してしまっているのではないかという不安だ。
先日、デジハリ大学のある教員と、教育論になった。
小学校や中学校では、もっと感性を磨く教育に力を注ぐべきだとの考え。
具体的には「音楽」や「美術」など、感性の教育をもっと大事にしなければならないのではないかとの思い。
なぜなら、これからの時代は、ビジネスにおいても感性が重要な指針となり、創造性がキイファクターとなるからだ。創造性、これを身につけなければ、これからビジネスにおいても生き残れない。
極端な例だが、ジョブスの成功にそれは表れている。あくまで極端だが。
そんな思いを、HMV渋谷閉鎖で感じた。