ヒットコンテンツブログ

吉田就彦のヒット学

  • HOME > 
  • 現在のページ:ヒットコンテンツブログ

2011年4月アーカイブ

3月11日に起こった東日本大震災の影響で延期としていた木とともに暮らす人の協議会「木暮人倶楽部」の設立総会を下記のように5月20日に行います。

この木暮人倶楽部の総会は、会員だけでなく一般の人もオブザーバーとして参加できます。

また、総会等「木暮人倶楽部」の会議終了後は、第2部として一般市民にも向けて木暮人倶楽部の研究&活動報告会も行います。木や森、地域再生、地産地消などに興味のある方は是非ご参加ください。

参加方法は木暮人倶楽部のホームページまで。

木とともに暮らす人の協議会「木暮人倶楽部」
設立総会及び設立記念研究・活動報告会atエコプラザ

<第Ⅰ部>
■木とともに暮らす人の協議会「木暮人倶楽部」設立総会
1.日時:平成23年5月20日( 金 )12時開場、12時30分 ~ 13時30分
2.場所:東京都港区立エコプラザ
〒105-0013 東京都港区浜松町1-13-1
TEL.03-5404-7764 FAX.03-5404-7765
(アクセス)JR浜松町駅北口下車4分、都営地下鉄大門駅B1出口下車3分
http://eco-plaza.net/map/
3.参加者;協議会正会員及び研究者会員約90名
ただし、賛助会員、学生会員及び一般市民はオブザーバーとして参加できる。

■特別会議
1.日時:平成23年5月20日( 金 )13時30分 ~ 14時30分
2.場所:東京都港区立エコプラザ
3.検討事項
第1号議案 専門分野分科会と地域分科会の運営詳細について
第2号議案 東日本大震災支援の具体策について(被災地仙台市在住の星理事より問いかけ)
4.参加資格;協議会会員全員
ただし、一般市民はオブザーバーとして参加できる。

■木とともに暮らす人の協議会「木暮人倶楽部」理事会
1.日時:平成23年5月20日( 金 )14時30分 ~ 15時
2.場所:東京都港区立エコプラザ
3.参加資格;理事
ただし、理事以外の協議会会員及び一般市民はオブザーバーとして参加できる

<第Ⅱ部>
■「木暮人倶楽部」設立記念研究・活動報告会atエコプラザ
1.主催;木とともに暮らす人の協議会「木暮人倶楽部」
2.日時:平成23年5月20日( 金 )15時開場、15時30分 ~ 17時
3.場所:東京都港区立エコプラザ
4.報告内容;
●H22年度月齢伐採及び地域の木材特性への影響確認試験中間報告
 高部圭司(京都大学教授)
 H22年9月~11月にかけて三重県にて行った試験及び10月~11月にかけて全国10県(秋田、宮城、神奈川、山梨、静岡、長野、石川、三重、愛媛、福岡)、11か所で行った月齢伐採および地域の木材地域特性への影響確認試験調査の中間発表。今年の7月には最終結果報告予定。
●国産材の木材トレーサビリティシステム導入の活動報告
 田中万里子(農学博士)
 森林保護や資源の有効活用、地産地消など様々な用途に利用可能で、現在林野庁や様々な関係団体が導入を模索している木材トレーサビリティシステムの導入動向の活動調査報告。
●NPO法人矢部川流域プロジェクト活動報告
 石永節生(NPO法人矢部川流域プロジェクト理事長)
 九州有明海に注ぐ矢部川流域の天然建築素材(八女杉、大木町有機本畳、有明海の貝殻漆喰、立花町の竹炭、城島産いぶし銀瓦等)を使った地域産伝統素材による健康的で心地よい家を提供しているプロジェクト。その活動を通じて、地域活性と後継者伝承の可能性を探っている。
●木こりツアー等森と触れ合う活動報告
 藤崎昇(三重県中勢森林組合)、三浦妃己郎(三浦林商代表)
 一般市民が木と触れ合う活動は、森林保護や有効利用にとって非常に重要な活動。実際に木を伐ってみることや山に入り森林の中で自然に親しむことで森林・林業産業にも大きな可能性が訪れる。それらの活動の取り組みを三重県の事業者から報告。
●ソーシャルメディアによる地方と消費者のマッチング~秋田トラ男の米販売
 武田昌大(デジタルハリウッド大学院修了生、ソーシャルファ-マー"トラ男"代表)
 秋田県の米農家と都会の消費地に住む一般市民とをTwitter等のソーシャルメディアで繋ぎ、産地や都会のニーズを互いに伝え合い情報を交換することで、顔の見える農業をEコマースの導入で実現。デジタルを使ったコミュニケーションによる産地消費地直結ビジネス報告。デジタルハリウッド大学吉田就彦研究室森林・林業研究部会からの報告。
5.参加資格;不問。事前に申し込んだ方は、木暮人倶楽部会員でなくてもどなたでも参加いただけます。
6.一般市民参加方法;
木暮人倶楽部ホームページのお問合せフォームに、氏名、電話番号、E-mailを記載の上、お問い合わせ内容欄に、イベント参加希望と記載の上申し込みください。
7.参加費;無料

※当日はUstreamによるイベントLIVE中継及び木暮人倶楽部ホームページ上でのアーカイブ化を行う予定です。
※木暮人倶楽部は一般の方に広く会の事を認知していただきたいと考えていますので、一般参加を募っている第Ⅱ部はもちろんですが、第Ⅰ部の設立総会、特別会議、理事会も公開としますので、オブザーバーとしてどなたでも参加できます。ただし、その場合は事前に木暮人倶楽部関係者にお申込いただくか、ホームページのお問合せフォ-ムよりお申込み下さい。


以上

今回の東日本大震災で海外での報道と日本の国内の報道の違いが明確になった。

普段はなかなかつかめないことが多いがこの大災害の緊急時には、その違いが明確になる。

そのもっとも異なった報道の違いは、やはり原発の問題。

その危険性の指摘や、SPEEDiなどの放射線の計測データの公開など、これまでのように、政府などの公の情報を流すことが一辺倒だった日本のマスメディアと独自の取材や多角的な事実の報道という姿勢が感じられた海外での報道との違いはあまりにも異なる。

もっとも、渋谷のライブハウスが原発だなどととんでもない誤報道をしたFOXニュースもあったが、それにしても誤報道であることを修正し、常に事実を追求しようとする姿勢は感じられた。

さらには、スリーマイルの事故との違いで様々なメディアで指摘されたのが、情報の一括。政府や原子力保安院、東電、しかもその様々なレーヤーや人によるばらばらの記者会見による報道。

報道するマスメディア側も混乱してしまうのも無理はないが、やはり真実を伝えるという存在意義で言えばあまりにもオフィシャルの広報スピーカーになってはいないか。

TVに出てくる学者の皆さんは、版を押したように「大丈夫、大丈夫」と。さらには「想定外、想定外」を上塗りする。

まるで、東電や政府の検閲にあっているようなトーンだ。NHKはある意味しょうがないとしても民放も右へならえでほぼ同じ。少なくとも、慎重派、楽観派の2つの視点ぐらいは示して、新しい事象から起こる未来の予想ぐらいは言ってほしかった。常に政府と同じ後追いだった。

日本国民の過剰な国民性を鎮静化させることも重要だろうが、あまりにも一方的な大丈夫合戦にかえって不安になる。

ソーシャルメディアのある意味いい加減な過剰増幅も問題だが、そのスピード性や共有性においてマスメディアよりも、今回の大震災では初動に活躍したのも事実。

しかも、それはマスメディアを通じて報道される日本の報道ではない海外報道の存在も明らかにし、共有させた。ニュースの性格は違うが、中東で起こっていることとまったく同じ作用である。

今回の大震災。メディアとソーシャルメディアの逆転の象徴的なスタートとなる3rdインパクトの出来事になる。

本日、デジタルガレージが主催するThe New Context Conference 2011 Springに行った。

東日本大震災を受けて急きょ短縮し、震災向けのメッセージある国際的な素晴らしいカンファレンスだった。

ジョイこと伊藤穣一がホストとなり、アメリカを中心とした数多くの海外人たちからの今回の大震災のとらえ方は本当に参考になった。

詳細は以下のURLを参照してもらうとして、

私が特に面白かったいくつかについてコメントしたい。

まず、マスメディアとソーシャルメディアとの関係を考えるセッションで、総括的に出たまとめとして、

「最初は新しい情報源、そのあとはマスコミ情報の拡大機能にTwitterはなった」

という分析だ。

これはまさしく私が4thインパクトとして、言っているマスメディアの前にコミュニティメディアが先に行くという仮説を裏づけるもの。それが非常時に起こったという意見だ。

2011年、私が3rdインパクトと言っていた今年、この非常時にまさに予言的に起こったというわけだ。

私が予見する4thインパクトは2013年。その時にはこのことが定常化していると私は言っている。今のメディアの人間は皆、否定的ではあるが。

もう一つは、今回の震災で話題となったPRAYforJAPANの今後の展望だ。

慶応大学の学生である鶴田君が立ち上げたPFJ、その活動が話題になり書籍になるということで、その印税を被災地に使おうというところで言った発言。

「本の印税を公共のためにどう使えるかをPRAYFORJAPANでは考えて今議論している。大した金額ではないこともあり、これから被災地で起こす事業を応援する活動がいいのではないか」

ようは直接的に支援できるお金は微々たるものなので、これからの復興に欠かせない新しいビジネスを生むエネルギーに投資して支援することで皆の思いを届けようというメッセージだ。

若い学生ならではの発想でもあり新鮮だった。しかも、頼もしい。

午前中のセッションしか参加できなかったのだが、その他、原発の問題を深く考え、行動しようとするジョイたちの試み「RDTN」の紹介もあった。

ともかくみんなの力を合わせて放射線のセンサーをたくさん立て、なければ作り、それのデータで様々な動きを促進しようという試みだ。

この時期に行ったセミナー。意義のある素晴らしいものだった。

ホストジョイに拍手!

東日本大震災からの復興に向けて、さまざまなことがようやく動き出している4月。1ヶ月がたった。

被災地の皆さんには大変ご苦労が絶えないことだろう。胸が痛む。

そんな復興に向かってまずは緊急的に行っているのはインフラの復旧だ。要はもとに戻すということ。

インフラは当然そうかもしれないが、私が思うに、地震、津波、そして何よりも原発を経てきて今、日本が向かわなければならないことは、復旧ではなく再創造なのではないかと思う。

原発の問題は全く異なる。

原発事故以前と以後、ここには連続性はない。まったく考え方のステージを変えなければこれからの日本の未来は描けないのではと思う。

この危機感をもっと日本人は共有するべきだ。

今や世界の中で日本という国が相手にされない国になろうとしている。危ない国になっている。世界から不信の目を向けられている。

もう一度言う。

地震があり、津波のある国の日本に原発は無理である。

なのでもはや現在生活に不可欠な電力という最大の社会インフラをどうするのか、それをビジョンし、それを打ち出さなければ、日本は世界に信用を得られない。

太陽光発電を住宅に、そして、地熱利用を促進する。さらには他にも可能性のある有力な方法を至急採用すべきだ。そして、8年かかるという50Hz60Hz問題は、今着手するべきだ。そうしないと8年後には統一されていない。

なので、再創造。
日本を再創造すること。

残念ながら失ったかけがえのないものはもう帰らない。

それが亡くなられた方へのせめてものはなむけになる。

昨日、東京都知事選挙があり、石原都知事が260万票を獲得して圧勝した。
神奈川では元CXニュースキャスター黒岩氏が当選した。

二人のスタンスでまったく異なっていることは原発の問題。
石原都知事は安全性を確保することを前提としているが容認、推進だ。黒岩氏は脱原発を標榜。自然エネルギー転換論。その1点が選挙主張だという。

東京都、神奈川県、ともに首都圏を構成し、しかも大都市東京23区と横浜市を抱える隣り合わせの都県。同じような価値観になりそうだが、候補者の様々な状況もあって、この原発問題には異なった選挙民の回答となった。

知事の仕事は当然、原発問題だけではない。
経済、雇用、介護、福祉、住民サービス、、、、、。

選挙の結果は結果として、私は、やはり震災前と震災後という歴史的転換点問題が気になる。そのポイントはやはり原発である。

このリスクを考えるとき、それからの将来的な脱却ビジョン、そして、それを成し遂げるためのエネルギー問題だけではない日本のビジョン、これが今求められているのではないかと思う。

これまでのしがらみや様々な状況をスタートに戻して(もっとも今はマイナスではあるが)、今こそ今後の日本の問題、そして世界の問題として、この震災を一つの契機としてとらえなければ、亡くなった方は救われないのではと思う。

放射線の問題は子供たちに一番リスクが出るというこれまでの結果はなにか象徴的だ。

石原都知事のように、ぜいたくはやめろ、欲は押さえろではなく、(それも大事かもしれないがそのような感情的な精神論ではなく)ビジョンとして、どうこれからの日本や世界にメッセージを送るのか、それが問われるのではないか。

そのヒントが私が立ち上げようとしている「木とともに暮らす人の協議会木暮人倶楽部」の設立趣旨にある、日本の木の文化と「天然志向の木」の中にあるように思えてならない。

自分が主体的に関わることだから、さらにその存在意義を、日本の未来に重ねたいと思うことは当然の方向とも思う。

昨日、奈良の薬師寺で、西岡常一棟梁の17回忌の法要があり、その後の「木魂会」にも出席し、西岡棟梁にまつわる様々な方の話に触れた。

その中で感じたことは、西岡棟梁が戦って守ろうとした飛鳥時代の大工の教えが、今の日本に問うことへの重なりである。

天平の時代にも震災があり、その後も数知れず地震は起こった。しかし、その中でも塔は1350年立ってきた。

そんな日本の姿がこれからの日本の指針とならないわけがない。
昔に回顧するだけというセンチメンタルな行為は論外としても、昔に学ぶことの意味は、これまでの人類の歴史に学ぶということで、この震災後を考えるとき、本当に参考になるのではないか。

謙虚に昔に学び、未来をビジョンする。
これを日本の文化の中に求めることは当たり前なことである。

遷都もしかり、塔もしかり、工夫もしかり、
そして考え方もしかりである。

昨日の夜に奈良の薬師寺の門前のAMRITというイタリアンレストランで会食をした。

本日の西岡常一棟梁の遺訓を語り継ぐ会「木魂会」の法要に合わせて、薬師寺を訪れるので、せっかくだからと先日2月14日に行ったライブ・ドリヤードのイベントで出会った方の紹介で訪れたものだ。

日が落ち、近鉄の駅「西の京」を降りて歩いていくと、突然、西塔が見えた。
まだ、新しいこの塔は西岡棟梁が指揮したものだ。

寺のわきを通って、門前に出ると、そこには国宝東塔も。

正面から見る2つの塔。
ライトアップされている、渋いいぶし銀の東塔、真新しい綺麗な西塔。

見事に西の京の夜空にドーンと立っている。
電力事情は関係ない関西で、ライトアップされた2つの塔。

迫力だ。

今回の東日本大震災が過去の大震災と決定的に違うのが原発の問題だ。

その事故について、原子力利用を推進してきた専門家らが「より深刻な放射能汚染の可能性を排除できない」として、事故に至ったことを国民に陳謝し、専門家の総力を結集して事態の収拾に取り組むよう政府に提言した。1日に都内で記者会見を行った。

このことを本日の朝日新聞が伝えているが、連日報道されているTVのニュースでは見ることがなかった。重要なメッセージであるのにもかかわらずだ。

松浦祥次郎・元原子力安全委員長、田中俊一・前原子力委員長代理、住田健二・元原子力安全委員長代理ら、原子力利用を中心的に推進してきた面々が名前を連ねる。

その最大のリスクは、炉心が溶融しており、圧力容器を溶かして格納容器も壊す恐れが否定できないとの指摘。連日TVで言っている鋼鉄製の容器で、これには現在損傷は至っていないと報道されているものだ。最後の砦である。

松浦さんは、「謝って謝れる問題ではない。この事態を避けることに失敗した人間として、考えを突き詰めなかった点で社会に対して申し訳ない」と述べたという。

松浦さんの勇気を評価するとともに、その苦渋を察するが、それにしても取り返しがつかないことである。

先日のこのブログでも書いたように、もはや原発は日本には抱えることのできないリスクの塊だ。専門家が総力を挙げても対応できるかどうかという代物だ。当然、現場を抱えている当事者は必死にやっているわけだから、松浦さんのような立場の方の発言は重い。

この事態の収拾は、それこそ、国家や専門家、海外を含めた世界規模でなんとか収拾してもらいたい。祈るばかりだが。

しかし、問題は今後である。

今回の東日本大震災は、深く、大きなインパクトとなって日本社会を揺さぶっている。

私は、今年2011年に、デジタル時代の3rdインパクトの象徴的なことが起きると予想していた。講演などでもそう言ってきた。書籍「大ヒットの方程式」にも書いてきた。

1995年は1stインパクトとして、デジタル時代の幕開け。windows95の登場。ネットが一般化していく第一ステップ。2ndインパクトは2005年。mixiがブレイクした年で、コミュニティが本格的に台頭。ブログ時代に突入した。

そして、3rdを今年2011年として、地上波デジタルの変換を契機にマスメディアが最適化を示すと。

その3rdインパクトの前兆として、2009年のTwitterのブレイク、今年に入ってのfacebookのブームとあり、いよいよ地上波デジタルという流れかと思っていたわけだ。

一方、最近私が思うことは10年1世紀説。まさに10年が1世紀の感覚なのではないかという今のデジタル化によるスピードの表現だ。

今年2011年は、21世紀ならぬ、2010世紀という感覚だ。
前年、日本が、世界が、大きく揺さぶられた世紀末現象が起こった。

日本では尖閣列島の映像流出、アメリカではウィキリークスの機密文章漏えいだ。ともに政権が揺さぶられ、日本に至っては仙石官房長官が退任に追い込まれた。

それらはすべてソーシャルメディアの威力と影響力によるもの。

その威力は、今年、ムバラク政権を打倒し、今やリビアの独裁者を追い詰めようとしている。チュニジア、イエメン、、、政治体制をソーシャルメディアが揺さぶっている。

そんなときに日本に起きた大災害。
メディアも大きく変わった。

NTVではゴールデンを通常編成に5日でもどした時の民の声をソーシャルメディアから得て、その支持に安堵した。

TVより、新聞より早く、ソーシャルメディアが安否確認の機能を持った。繋がらないケータイよりも早く。

TVの情報がいかに表向きなことなのかをみんなが知った。TVで発表されている原発の情報に大衆は不信感を持った。

TVの映像としての凄さとインパクトはもの凄いものの、メディアが伝えるもの以上に情報伝達ではソーシャルメディアやインターネットが活躍した。そして、よくも悪くも情報を拡散させた。

今回の震災で、これまでのメディアの役割をさらに凌駕する領域にソーシャルメディアが達したことが明らかになってしまったのだ。

これをインパクトと呼ばずして何と呼ぶ。

3rdインパクト、これはもしかしたらこの東日本大震災のことか。

そう考えると、この震災の意味が違ってくる。
我々は、やはり何かを変えなければならない。

復旧ではなく、創造するのだ。

今回の東日本大震災はこれからの日本のあり方を国民に問うものだ。

膨大な犠牲とコストをかけて、これからの日本のあり方を皆が考えるきっかけを得たと考えるべきだ。

その中でも一番考えなければならないのは、やはりエネルギー問題。特に電力の問題はこれからの日本社会には避けて通れない問題。

福島の原発のことは、明らかに地震大国日本がもう原発に頼れないということを示している。

一部には今後はもっと安全な原発のあり方を探るというような愚かな議論があるようだが、そうではもう無理ということが判明した。

クリーンエネルギーとかコストが安いエネルギーだとかさんざん宣伝に惑わされてきて、ある意味目をつぶって容認してきた我々日本。もちろん、それによるエネルギー恩恵をたくさん得ているのは事実だが、もう無理である。

この期に及んでまだ推進を唱えている輩がいることが信じられない。

低濃度とはいえ汚染水を海に放ったことで、韓国、ロシア、そして今は言わないが中国、アメリカと世界から避難されている日本。国際的関係リスク。

基本設計はGE。技術支援をフランスやアメリカに頼らざるを得ない技術リスク。

事故が生んだ農水産物の輸出規制、消費規制、さらには工場の停止(立ち入りもできない)による経済リスク。

さらに汚水処理だけでも8兆円は必要だという、その事後処理に必要な何十兆円にも上る修復リスク。

そして、なによりも国民の健康リスク。

それらの膨大なリスクを回避できるすべはない。したがって、今後も原発を作ろうというような愚かなことはできない。いくら大企業や政府が外圧を受けようがその選択肢はない。

もちろん、今すぐにすべての原発を止めろというようなこれまた暴論も無理。そこには雇用もあり、現実に電力供給なしには経済は成り立たない。

なので、今考えなければならない。
石油で火力はダメ。ダムで水力はダメ。そして原発はダメ。

ではどうするか。
地震大国だからこそ私は地熱利用が一番可能性があるとみるがどうか。

それをビジョンとして打ち出さない政治家がいないのが不思議でならない。

日本は早、桜の季節に突入。震災からずっと暗いニュースが多く、いまだ収束するわけもないが、さくらの季節は、どんな日本にも、どんな被災地であってもやってくる。

そんな桜を愛でる日本の伝統「花見」が各地で自治体の判断により中止となっている。石原都知事も会見でそのように示唆をしたというが、本当にそれでいいのか。

「そんな場合ではない、非常時だ。」それはそれで当たり前のことであるが、それでは経済が冷える。経済が冷えれば結果、被災地も冷えることになる。

逆に言えば今こと、元気な日本、豊かな日本、たのしい日本というメッセージを国内外に告げるべきだ。日本の文化が被災地を支えることになる。

それも当然省エネで。

ボンボリの派手な電球は極力抑え、暖も着込んでなるべく燃料がかからないように、なんとか工夫して。義援金とセットでもいい。

そんな経済活動が普通のように行われることこそが復興へのひとつの方向と考える。

みんながモノを買わなければ、経済は潤わない。
こんな時こそ、必要なモノは買おう。

それは過剰な消費に対する反省と同じぐらい必要と思う。

今回の東日本大震災(やっと正式に決まった)で考えさせられることは多い。

まず、その規模の大きさ。日本の1/4がやられている。それに地震、津波、原発の波状攻撃。原発に至ってはいまだ出口なし。これが今大きな問題だ。

こんな時に考えなければならないのは手当てする時間軸。

当然、生命の緊急性は第一。初期の段階がまずそれ。
しかし、緊急性が徐々に薄れていく中で、今我々が最も考えなければならないのは、日本最大の危機、原発の今後のことだろう。

コスト有利、CO2有利、クリーンエネルギーと謳われてきた原発が今日本最大のリスクになってしまった今、当然、現場の皆さんの必死な努力の結果を祈りながらも、これからの日本の形としてエネルギー問題をどうするか、今、稼働している原発をどうするかの議論は重要だ。

今回の事故で、さすがにもう誰も新しい原発を作ろうとは言わないだろう。リスクが大きすぎる。では稼働している今の原発を今止められるか、それは無理だ。

しかし、日本は地震の国で、それによる津波の影響が避けられない。

それを避けるために海沿いではなく山に持っていったらコストが全く合わない。
海沿いであるからこそ、今の電気料金で原子力エネルギーが効率的ということなのだそうだ。したがって、山に持っていけない原発は日本ではリスクがありすぎる。したがって、もう誰もその新設に賛同できなくなる。(はず)

それでは電気をどうするか。

節約も当然限界。産業にも大きく影響を与える。ただでさえいまだ日本は立ち直れずにいる。計画停電の影響も身に染みる。

この議論の際によく言われるのが地熱利用。
地震の国だからこそ、リアリティがある。

これまでは、原発推進により様々な問題が邪魔をして予算もつかずなかなか研究も進んでいないというが、やはりこれが一番代替エネルギーとしては有力なのではないか。

緊急対応はそれはそれでなんとかお願いしたい。
今動いている他の原発は再度安全対策をお願いしたい。

しかし、この国の今後のエネルギー、それを早急に議論して次の時代に備えなければ時間はない。もう想定外では済まされない。想定の中にはもう原発は無い!

だから次のエネルギーにすぐさま着手してくれなければ困る。少なくとも政府はその方針を打ち出し、日本の未来を救うべきだ。

いつも災害の時に思うことは、その被災地のために自分は何ができるだろうかということである。

何の意味は、自分の時間をどこまでさけるのか、金銭的にいくらまでできるのか、そして、いつまで行うのかということでもある。

今回の震災のことでも同じような自問自答を繰り返す。正直、答えは出てこない。

ただし、そこには支援を欲している、しかも、緊急で欲している人がいる。さらには、それが時間的に届かず亡くなった方もいらっしゃる。

当初の自分ができることの最大は節電だった。いかに節電できるか、それが被災地にとって最も有効で自分ができることだった。そして、そのことをことあるごとに周辺にも呼びかけた。

だんだん、幹線交通網が復旧してきて、次にできることが出てきた。
なんとか支援物資を公的な集積地に運んで、被災地に送ってもらう手だてができた。

さらに復旧が進み、個別に顔の見える人たちに支援物資を送った。
これまでに、個人的に支援を待っていた友人たちに直接ニーズを聞いて支援してきた。

そして、おとといぐらいからは、木とともに暮らす人の会「木暮人倶楽部」の有志として、KIZARAという国産材を使った使い捨て皿を、使い捨て食器のニーズを訴えているところにまとめて送り始めた。

この皿は使い終わったら被災地の暖の一助となる。

その時その時で、やれること。
それを行うこと。具体的な行動が必要だ。

やれることをやる。
それが自分と関わった個人や出会いや関係性だけでもよいと思う。

自分がやれることを、自分が関係する範囲だけでいいからみんながやる。
それがこのような広範囲の非常時には必要なのかもしれない。

みんながやれば、それはそれぞれを補完してやがては面となる。

東日本大震災でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々には、心よりお見舞い申し上げます。

東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)が発生してから明日で3週間。
あまりの広範囲になる被害の大きさや福島原発の状況が日を追うごとに悪化しているように感じる今、2011年の10年世紀のスタートとして様々なことを考えさせられる。

これからの我が国のあり方そのものが問われている。
これは単に現政権のみならず、全日本に対して突きつけられている問だ。

深く考えてもすぐ考えがまとまるようなものではない。
漆黒の暗闇をのぞくような漠としたつかみどころのなさ。
なにから考えたらいいかすら見当がつかない。

しかし、我々は前に進まなければならない。
みなそれぞれの立場で、持ち場で。

1から考えよう。こういう時には。

吉田就彦

Authour:
株式会社ヒットコンテンツ研究所
代表取締役 吉田就彦

ブログメニュー

2011年5月

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

ウェブページ

PageTopに戻る