昨日、天竜に行って250年の檜の木を手斧で伐採するという昔ながらの木の伐採神事に立ち会った。
今度、一般消費者や建築関係者、そして林業関係者などと議論し、日本の伝統である木と共にある文化を今に取り戻そうという仮称「生きた木を活かす協議会」なる森林や林業のことを考える協議会のたち上げでも御一緒する南木曽木材産業の柴原代表にお招きいただいた。
新幹線で浜松まで、そして、遠州鉄道に乗って終点西鹿島まで。いつもの天竜TSドライシステムに向かう工程。それから車に乗って、今回の伐採のために、山の神に感謝する神事を秋葉神社で行った。
秋葉神社は、正一位という非常に位の高い神社で、火の神様であるという。昨日は土曜日でもあったが、参拝客が山のようにいた。
お祓いの儀式の後に宮司さんから受けた話が、木と山の神のこと。山には神が宿っていると考えた我々日本の文化と、森には魔物がいると考えた西洋の考え方の違いを伺った。
さらには、山の木を伐るということは、その山の神が宿っている木を大事に、その木の命を家や家具など人間の周りに有り難く置かせていただくという事だという。まさに、生きた木の根本だ。神社に残る日本人と木の関係、山の関係の究極の姿と言える。
この秋葉神社の歴史は、その展示館の展示物に表れている。これまで神社に奉納された宝物の数々。鎌倉時代の刀、南北朝時代の刀、広重の浮世絵まである。さまざまな日本の歴史・文化にやはり神社は大きくかかわっているのだ。
参拝を済ませて、食事後いよいよ伐採現場へ。そこでもまた、神事が執り行われて山の神に木を与えてもらう感謝を行う。
そして、森へ。
滝の流れる沢沿いに15分ほど入っていくと、平らなところに出て、しめ縄の張ってある巨木に出会った。神々しいまっすぐに天にぬけていく檜の雄姿だ。しめ縄を張っているからいっそう尊く見える。
10名弱の伐り手が手斧で、4か所を同時にカンカンと音を立てながら伐り進んでいく。飛んでくる木の破片。あたりには檜の良い香り。そして、カンカンとあたりを支配して山に響く斧の音。
100名ほどの見物客が見守る中、段々日は陰り、夕暮れどきになり、そして夜になった。
予定より少し長く時間がたった3時間後、伐り進んだ穴が互いに貫通して、いよいよ最後の仕上げだ。チェーンソーが入れられ、巨大な檜の樹木の生命を断つ。
昨日は新月の2日前。あたりは新月の闇に近い。
その闇の中にそびえる巨大な檜の王が、木こりの山の神への感謝の叫びとともに、闇の空気を切り裂いて倒れる。空気を切り裂く音、そして、ズシーンと大地を震わせる着地音。
見学者の深いうなりと、少し経ってから自然とわき起こる拍手の音。山の神への敬虔な思いも重なる。
私も人生で初めての体験。静かな、しかし、厳粛な感動。感謝という言葉が浮かぶ。
柴原さん、榊原さん、どうもお疲れ様でした。
ありがとうございました。



