NECが運営するビジネス情報サイト「Wisdom」にて
Wisdomブログ「明日のビジネスを創りたい人へ ビジネスにおけるキャラクター活用」
対談シリーズとして掲載されているインタビュー内容です。
インタビュアーは野澤智行さん、他です。
1.ヒットコンテンツの共通法則
3)ヒットコンテンツを手がけて得られた発見 -だんご3兄弟でネットの威力を痛感-
【キーワード1-⑧:「だんご3兄弟」誕生秘話~イントラネットに吸い上げられた民の声・声・声】
野澤 :多分、チェッカーズや角川映画とは好対照の話だと思いますが、1999年に大ヒットした「だんご3兄弟」はどうだったんでしょうか? ポニーキャニオンのプロデューサーとして最後に「だんご3兄弟」を手がけられたという話をお聞きしたんですが。
吉田 :「だんご3兄弟」は面白かったですね。ご存知の通り、「バザールでござーる」などオリジナルキャラクターを使った広告で数多くのヒットを生み出してきた佐藤雅彦さんが講談社から『クリック』という短編集を出した時の、わずか2ページぐらいの小さい話が原作になっています。
佐藤さんみたいな、「バザールでござーる」とか「ポリンキー」とか、キャラクターを使った面白いコミカルなCMで有名になった、しかも凄い当てた方と、NHKという全くCMとは関係ないところとで、ミスマッチの異業態コラボレーションがしたいという、NHK側のラブコールから始まったんですね。
吉田 :佐藤さんとNHKが最初に話した時に、『クリック』の中にあった「だんご3兄弟」を歌にしましょうか、というところからあの作品が生まれたそうです。とりあえず佐藤さんのチームが、歌とビジュアルを全部作って、NHKとしても「面白いですね」となってオンエアされました。
オンエアされて、1週間後ぐらいだったか10日後ぐらいだったかに、ポニーキャニオンの社内ネットワーク、イントラネットに、「『だんご3兄弟』がうちの息子の通っている幼稚園で凄いことになっています」というスレッドが立ちました。
稲葉 :ネットがまだ充分に普及してない頃ですよね。
吉田 :当時は、年末ぐらいにポニーキャニオンがやっと、ロータスノーツというイントラネットを初めて導入したタイミングで、社員も皆、イントラを使って何かやってみたいと思ってたんでしょうね。
誰かがスレッドを立てて書き込んだら、その時確か、一つのスレッドに対して23ぐらいフォローがついた。「うちもそうです」、とか「何ですかそれ?」って。これは異常値、普通そんなことはないのにそんな異常値があった、ということで、「『だんご3兄弟』って何だ?」ってなった。
モノ作りは、佐藤さんが作ったものなので、僕らは全然関与していません。しかも僕らは番組の反応を直接見もしていないからわからない。話題になっているようなのでよく調べてみたら、「だんご3兄弟」は「おかあさんといっしょ」の関連作品としてリリースの予定がありました。しかし、あの当時「だんご3兄弟」のCDを出すという発想はどこにもなかったので、「おかあさんといっしょ」というパッケージにちょっと入っているからいいよ、という感じでした。
しかし、あまりにも凄いイントラのスレッドだったので、これは仕掛けないと、となって、NHKに「『だんご3兄弟』のCDを出しましょう!」と言って、イントラネットに書き込まれた情報をプリントアウトして持って行って。今だったらそんなことしちゃいけない時代だけど(苦笑)。それを「こんな凄いことになっています!」と持って行って。「そんなに凄いんですか?」みたいな話で、NHKもびっくりしていて。
野澤 :NHKも反応がまだわからなかったんですね。
吉田 :ポツポツとNHK本体には(問い合わせが)来ていたらしいけど。
稲葉 :でもそれは定性の情報であって、吉田さんが持っていったのは定量の情報ですよね。
吉田 :しかも具体的な事例で、具体的なものがこんなにあった、って。そんなことしているうちに、新聞の投書があったり、NHKに対して「『だんご3兄弟』をオンエアしてくれ!」という要望があったり。そんなことをキャッチしていたので、テレビ番組というコンテンツから音楽を切り出してCDというキャラクター商品にして、それを「だんご3兄弟」というキャラクターのフラッグシップにしようと考えたんです。
「だんご3兄弟」の世界観を世の中に大きくメッセージするためには、CD、しかもヒットというのがわかりやすいんじゃないか、ということで乗り込んで行ったら、佐藤さんもやぶさかじゃないという話になって。でもNHKは過去にやったことがないから「調査します」とおっしゃって、最終的には「出してもいいですよ」となりました。
吉田 :その時の決め手は、普通は幼児物のCDって、アルバムでせいぜいイニシャル(初回販売)が何百枚。おそらく500枚ぐらい。でもそれを、思い切って2桁、1万枚は大丈夫、という風に言って私が口説きました。もう清水の舞台から飛び降りる感じでした。1万枚はやるから、やらせてくれ、と口説いたのです。
後日談になるけど、CDを発売した3月3日、1999年1月6日の初オンエアからわずか2ヵ月後、ついたイニシャル(初回販売)枚数が70万枚。でも70万枚で発売したら即欠品で、その後、CD販売が低迷していることから、おそらくもう破られないであろう欠品記録として、140万枚。70万枚の倍もの欠品が、もう翌日には積み上がったんです。今はCDが売れない時代だから、(この欠品記録は)金輪際破られないと思いますね。
稲葉 :欠品ミリオンですか・・・もうないでしょうね。
吉田 :そのくらい、そこまで売れると思わなかったのが、売れた。あれがヒットした最大の原因は、社内イントラネットを導入したことで吸い上げられた "民の声"。その後、システムの会社などで講演する時は皆それを事例として使っています。
その後デジタルガレージに転職してからは、IT系のシステムにも関わっていたので、僕の話は、クライアントにとって説得力があったようです。とにかくそれがヒットを生んだ第一の要因でした。
マーケティング的なことで言うと、NHKの企画だから全部の民放局が協力してくれる、という利点がありました。民放各局とも、競合他局の企画は積極的に取り上げないけど、NHKでやっているものが上手くいったら、それは一つのニュースとして放送してくれる。当然ながら新聞もそう。NHKがやっているのだから応援しようよ、となる。
なおかつ強力なのは、NHK自体が地上波を2波持っていて、BS2波、ハイビジョン、全国FM地方局、AMラジオと、フルメディアで「だんご3兄弟」をやる。それが、国民の要望によってどんどんオンエアされる。その巨大なメディアジャックをやったのがNHKだったから、物凄い。だからあれだけのスピードで認知が進んでいったんです。
<続く>
※この対談は、NECのビジネス情報サイト「Wisdom」のブログ「ビジネスにおけるキャラクター活用」で掲載した内容を、了承の上で再掲載したものです。




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